シーラカンス(ラティメリア)をご存知だろうか。
生きた化石といわれ、有史以前の太古から姿形が変わらないとされる。
いわば、普遍の象徴である。
そうしたナラティブを取り入れたモナカがある。
シーラカンスモナカだ。

パッケージには、普遍的なシンボルとして、
シーラカンスが描かれている。

モナカには、上等な餡が使われ、
また、肥沃な大地ひいては地球を感じるバターがアクセントになっている。
そして「あずきには塩・理論」によって、
塩も効いており、
この塩も高級さを感じる。
しらべによると、ゲランドの塩だという。
和洋折衷……、
いや、和と洋の共演……、
和と洋が奏でるスパイラルアップ(螺旋奏功)を目の当たりにした。

シーラカンスという普遍な象徴による物語を焼いたシーラカンスモナカは、
日本の和菓子が持つ歴史の重みを感じさせる。
だが、そうした連綿と続くシーケンスだけではない。
ジジイが食べる菓子といった旧態依然のモデルを刷新させたのである。
シーラカンスモナカを食べる前の日本のモナカのイメージというのはそうだった。
オレっちは「シーラカンス」だった。
シーラカンスモナカは光芒のように、
Z世代ショートスリーパードパガキを照らし続ける。
これがニューノーマル、いや、日本のモナカである。
自分自身へのご褒美や祝うとき、
あるいは、誰かへの贈り物として、
シーラカンスモナカをあつかいたい。
自分や誰かを大切にする、
普遍的で書きつくせない感情とともに、
華やぐキモチがわきあがるからだ。

